商店街沿革

竜馬通り商店街振興組合の沿革

商店街の成り立ちは、1594年豊臣秀吉が桃山の地に伏見城を築き、その後宿場町・港町として発展した約300年前にさかのぼるといわれる。往来する者たち、働く者たちに、着物や日常雑貨を売る店が自然発生的に生まれ、それぞれが情報を交換し合いながら仲間同士の結束を固め、やがて商店街の原形が出来上がってきたと言われる。
1960年代に南浜商栄会として組織され、今日の商店街の基礎が出来上がった頃、伏見の町に大型スーパーが続々と進出し、その影響が徐々に出はじめると、当時の商店街青年部の人達はもはや単組の力ではどうしようもない限界を感じて、商店街名も「納屋町に追いつけ、追い越せ」を合言葉に、南納屋町商店街と改め、伏見商店街連盟の一員として大きな輪の中に入って活動するようになった。
1994年、長い間任意団体として活動してきた商店街も環境の整備や新しい事業の取組みに対応する為に、各種の補助金の受け皿として振興組合設立の必要に迫られ、竜馬通り商店街振興組合と改称し、策定事業、実験的事業を試みながら、1996年よりハード事業5ヵ年計画を立案し、石畳舗装・ガス灯風街路灯建設、和風の統一看板、更に商店街の外壁を一軒ずつ京・町家風に作り変える整備事業が始まった。酒蔵のイメージに合わせて白壁と杉の焼板を使い、サッシュの窓には木の格子をはめ込んで明治のロマンを演出している。
2001年より龍谷大学経済学部の指導のもとに各種の調査事業やIT時代に即応できる商店街づくりを目指して、体質の改善と再生にむけて品揃えや店舗構成などを検討し、観光をテーマに再構築する為の第一歩を踏み出した。
2010年代半ば以降は、閉店した小売店舗の後に次々と飲食店がオープンし、地元住民や観光客、近隣ビジネスマンの食ニーズに応える「グルメストリート」としても人気を博するようになった。これに伴い徐々に夜の賑わいも生まれ、灯篭設置など夜の景観整備にも取り組んでいる。

竜馬通り商店街